20140225_kuchikaseyamoira

ファッションドールは笑わない
~セーラー服 ファッションアイコンからSNSアイコンへ~

“ファッション[fashion] もともとは上流階級の人たちの間にみられた流行で、マナーをはじめ幅広い生活風習について、こうよんでいた。”
(「増補新版 図解服飾用語辞典」杉野芳子・編著、1998年)

本稿では『ファッションは上流から下流へ、歴史とともに動く』をテーマに服飾史・文化史の観点から考察していきたいと思います。
セーラー服の起源は19世紀イギリスにさかのぼります。海軍の水夫(sailor)が着ていた服装をイギリス・ヴィクトリア女王の長男であるエドワード皇太子が好んで着る事によって王室周辺で流行になり肖像画が描かれます。当時の肖像画は今で言うファッショングラビアのような存在であったため、そのデザインは世界的に注目されます。軍服は士気高揚や秩序、階級の明示化などを目的としていますがこの時点でセーラー服は軍服というフォーマットから離れ、「ファッションアイコン」として捉えられるようになりました。「ファッションアイコン」とは見る人誰もが流行の最先端であると認めるシンボル的な存在・人物のことを示します。エドワード皇太子の肖像画は現代から見ても非常に可愛らしく、子供服のデザインとして流行に取り入れられました。そして水兵服は子供服を経て女性服へとデザインが取り入れられ、イギリスを始めとしたヨーロッパ各地やアメリカなど世界的に流行しました。セーラー服の襟はアメリカの海軍兵学校生徒を意味するミッドシップマンにちなんでミディカラーと呼ばれることもありますが、現在では
セーラーカラーと呼ばれることが多いでしょう。日本ではジョンベラと呼ばれていたこともありました。また大きな襟の起源は俗説が沢山あるため、はっきりとしたことはわかっていません。(私個人としましては汚れ防止のためのつけ襟説を支持しています。)
その後セーラーカラーはマリンルックとして度々流行に現れ、20世紀から現在に至るまで日本の学生服としての役割を果たします。日本における学生服としてのセーラー服は、京都や福岡の女学院が発祥と言われています。セーラー及びマリンルックはもともとパンツルックでしたが京都の平安女学院ではワンピースタイプとして作られ、福岡の福岡女学院ではプリーツスカートと組み合わされることになります。この2校を始めとした女学校を中心にセーラーカラーの制服が増え、20世紀の終わりには全国的に着られることとなります。こうして日本におけるセーラー服は女学生のアイコン(象徴)として根付くことになります。
つまりセーラー服を着ることによって誰もが女学生を表現することができるようになったということです。制服の機能は軍服に似ており秩序を保つことが目的の一つですが、少子化が進む今では可愛い制服で生徒を獲得しようという動きもあり、近年ではギャル系ファッションブランドのCECIL McBEEがいくつかの高校の制服をデザインしたことが話題になりました。
制服としてのセーラー服はブレザーに取って代わられていますが、未だに根強い人気があります。アニメや漫画におけるセーラー服は象徴段階に比べると情報量がさらに削ぎ落とされ記号化されており、沢山の作品でセーラー服を着たキャラクターを見ることができます。例えば『美少女戦士セーラームーン』や『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』などの作品にはセーラー服が毎回のように登場します。また、『ストライクウィッチーズ』や『ガールズ&パンツァー』『艦隊これくしょん』などのミリタリー&美少女ジャンルにおいてはセーラー服デザインは欠かせないように見られます。特に、軍服から発祥したセーラー服がこのような形でまたミリタリーと結びつく姿は興味深いと思います。
このようにセーラー服は女学生のアイコンから記号化され情報量をそぎ落とされ洗練されていきます。SNSの先駆けであったmixiではハンドルネームと共にアイコン(自画像)が重要でした。携帯カメラ機能の発展と合わせ、当初招待制であったmixiは閉鎖的なSNSであり、アイコンに自分の写真を設定することに対し心理的な障壁が低かったと考えられます。自分を示すアイコン(自画像)は自己を表現する手段の一つとして変化していきました。この流れはSNSの主流がTwitterやFacebookなどに移るとともにより先鋭化していきました。アイコン(自画像)という限られた情報の中で自己を表現するには記号を沢山盛り込む必要があります。その記号の一つとしてセーラー服を見かけることが比較的多いと感じられます。
セーラー服はファッションアイコン化から象徴化、記号化を経てアイコン(自画像)に変容を遂げ、現在ではいわば抽象とも言える領域に入り込んでいるのではないでしょうか。抽象化していくセーラー服の行く末を見守りたいと思います。

 

初出:アーバンギャルドFC会報誌「たのしい前衛」第一号(2014年)

P20-21